大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(む)71号 決定 1968年3月26日

被疑者 杉内武雄

決  定 <被疑者氏名略>

右の者に対する恐喝被疑事件につき、昭和四三年三月二三日大阪地方裁判所裁判官丸山忠三がなした勾留請求却下の裁判に対し、検察官から準抗告の申立があつたので当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

検察官の本件準抗告の理由は準抗告「及び裁判の執行停止」申立書記載のとおりであるが、その趣旨は要するに、本件逮捕状請求の瑕疵は軽微で、いまだ違法とはいえず、その逮捕状にもとづく逮捕も有効であり、かつ勾留の理由もあるから、原勾留請求却下の裁判は違法であるというのである。

そこで本件一件記録および別件記録によると、本件被疑事実については昭和四〇年九月一日逮捕状が発布され、以後逮捕できないまま逮捕状の更新を重ね、昭和四三年三月八日請求同日発布の逮捕状(以下本件逮捕状という)により同月二二日被疑者が逮捕されたのであるが、一方被疑者は別件恐喝事件により同月四日逮捕、同月七日勾留、同月一六日一〇日間勾留が延長され、同月二二日に処分保留のまま釈放されたところを、本件逮捕状により逮捕されたことが認められる。そして司法警察職員作成の昭和四三年三月六日付「恐喝被疑者の所在捜査復命について」と題する書面(同書面には、別件の恐喝事件で逮捕取調中なる旨の記載がある)によると、本件逮捕状請求者は被疑者が既に別件により逮捕勾留されていることを知りながら、故意に本件逮捕状請求書に別件逮捕状の発布があつたことを記載せず、かつ被疑者は住居不詳であるから三カ月間の有効期間を要する旨記載したことが認められる。そして本件逮捕状は請求どおり住居は不詳、有効期間は三カ月として発布されているところをみると、それは発布裁判官が請求書に別件逮捕状の発布のあつた旨の記載がなかつたため、その旨の事実を知らずして、本件逮捕状を発布したものと認められる。(検察官は、本件逮捕状請求の際、前記捜査復命書が記録についていることにより逮捕状発布裁判官が別件逮捕勾留の事実を知つていた筈であると主張するが、逮捕状請求の疎明資料の中に右捜査復命書があつたこと自体疑問であるばかりでなく、仮に添付されていたとしても、前記のような逮捕状が発布されているところからみて同裁判官が別件で逮捕勾留されている事実を認識していたものとは認め難い。)

そもそも逮捕状請求書に別件につき逮捕状が発布されている事実を記載させるのは逮捕のむし返しを防止しようとする趣旨にでたものと考えられるのであるが、本件逮捕状発布当時別件の勾留期間がはじまつたばかりであつて、その勾留を利用して本件捜査を遂げることもでき、したがつて本件逮捕は逮捕のむし返しになるとして却下される可能性も充分あつたと考えられるから、本件の如き逮捕状請求は違法であり、それにもとづいて発布された逮捕状にも重大な瑕疵がある。

また右記録によると、別件の一九日間の逮捕勾留の期間中、本件については全然捜査をせず別件の捜査終了を待つて、本件逮捕状を執行しているが、本件逮捕状を請求した警察官が、別件勾留中本件の被疑事実について被疑者の弁解を聞き、本件について捜査を遂げることは十分可能であつたと考えられ、他の警察署に勾留されているからといつて、その釈放を待つて逮捕するやり方は実質的に逮捕のむし返しであるとの観が強い。

したがつて本件逮捕状請求およびその逮捕状の執行は違法であるから、それにもとづく本件勾留請求を却下した原裁判は正当であり、したがつて本件準抗告は理由がなく、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松浦秀寿 黒田直行 清田賢)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例